フォンタネージ、知らんかった。。~京都国立近代美術館
「あなたはアントニオ・フォンタネージという画家を知っていますか?」問いかけられたパンフ。京都市左京区岡崎の国近美「フォンタネージ イタリアの光・心の風景」展。フォンタネージ(1818-1882)は、イタリアの画家。イタリア、スイス、パリ、イギリスを行き来しながら、油絵や版画で様々な風景画を描いた。58歳のとき来日。工業大学校で2年間、お雇い外国人教師として絵の先生をやってはったらし。

≪四月≫1873。メインビジュアル。雲が太陽をさえぎった瞬間の光の変化を描いてるらし。「一瞬の光をとらえたフォンタネージの代表作」と、雑誌「日経おとなのOFF」では学芸員さんが評してはるけど、う~んウ~~ン、ちょっと暗い枯れ野原やねぇ。日本の4月言うたら桜ウキウキやもん。外国の風景画、キライやないのに。ちょい難解。

≪栗林の小道≫1850ー55。風景画を描き始めた初期の頃。30歳過ぎ。これはわかる。素直な景色やから。

私のお気に入りは、これ。メインにも貼り付けた。≪朝≫1855ー58。広がる空間に木2本。えぇやん。前のやつと変わらんかー・・変わるやろ。解説的には、手前の影とうしろの光との対比で、朝の明るい気分が表現されてると。朝、好きやし、心落ち着く絵やわ。

≪ブジェイ高原≫1859-60。フォンタネージはん、風景画をいろいろ工夫してはったらし。手前の影、丘陵の稜線、牛の配置。計算されてるんやて。明るくてえぇやん・・くらいで見てたら失礼かしら。

≪静寂≫1860年頃。フィレンツェのイタリア全国博覧会に出品されて、イタリア文部省買い上げとなった作品。木々の間からさす光の中に浮かび上がる人物の輪郭がえぇらし。へぇー。

≪孤独な羊飼いの少女≫1861ー63。

≪孤独≫1861ー63。

≪物思いにふける羊飼い≫1861ー63。なんか、寂しかったんかなぁ。風景だけやなくて日常生活や働く人びとにも着目し始めはったよーやけど、ぼっち、やん。けど、自然の中で孤独を満喫できるって、今の京都にはうらやましぃ。私も、ひとり、好きやー。

≪フィレンツェの旧市場≫1867。都市の風景にも着手。

≪日本の寺の入り口≫ 1878ー80頃。徳川家ゆかりの増上寺にかつて存在した勅使門(戦災で焼失)。日本で素描してイタリア帰えってから仕上げはったやつ。2年間しか日本にはいはらへんかったしね。塗りたくる洋画やと細かい線がわからへんけど、やっぱ、上手。

≪サン・マウロのポー川に沈む夕日≫1878ー81頃。沈む太陽の光と、反射する川面のゆらめき。静か。疲れた心を癒すかのよーに。

イタリア・未来派の画家・カルロ・カッラ≪海辺の小屋≫1927。フォンタネージの死後、彼の芸術的遺産は次世代の芸術家に受け継がれたとさ。明るい印象の絵。やっぱ、このくらいが安心できる。

これは水彩画。工業大学校でフォンタネージに美術を学んだ、画家・朝井忠(あさいちゅう1856ー1907)の≪ロワン河畔洗濯場≫明治34・1903。多くの画家が集ったロワン。朝井もフランス留学中、何度も足を運んだとか。師の教え、光の効果と川面に反射する景色にこだわったと。帰国前に欧州各地をまわった朝井、イタリア・トリノを訪れたとき、師フォンタネージの作品にふれて「こんな大家が来ていよーとは思わんかった」と。これこれ。けどしゃーないよね、光や影に着目せーへん日本画とは全然違うんやから。フォンタネージも日本で苦労しはったし2年やったんかも。いやー、勉強なりました。